友人が出したお題「駒鳥」をReLの世界で消化したものです。
2009年(2023年11月06日、タイトルを変更し、微弱に修正しました)
人間の方のルカとセイリオと呼ばれていた頃のシリンのひとときの思い出。
穏やかさの中に不穏。
マザーグースの歌の引用などをしています。
それをこの世界観でしてしまうの、変だろうなと思い直して下げているんですけど、
めちゃくちゃつじつま合わせればないとは言い切れないこともない。
微妙です。
木漏れ日はその瞬く光と対照的に男の眠りを誘っている。
客の少ない田舎の宿の一室で、それでも陽の良くあたる東向きの窓の下、寝台にたどり着くことなく男は横になっていた。
男の周りには大小様々な書物がバラバラに積まれ、不規則に建てられた都会のビルディングのようになっている。それは男の寝がえりを妨げるだろう。男はまるで小人の国に流れ着いた巨人の様だった。
胸の上で祈るように組まれた手は、男が着ているシャツと相反するように深い木の幹の色をしている。しかし顰めるように伏せられた瞼の上の、ゆるく弧を描く髪の毛は、星を凝縮した様な銀色だった。
ほんの少し開けられた窓から入り込む風が、その髪の毛を次々に撫でていく。瞼の上でちらつき、男は組んでいた手を解き髪をかきあげ、そのままの体勢で動きを止める。
窓の外から子供たちの声が聞こえる。
それは小鳥のさえずりのように不規則であったが、いつの間にかメロディが宿り、次々に輪唱になって笑い声に代わる。
男はまどろみの中でその歌に耳を澄ませていた。そして笑い声に代わる前に、誰かがその歌の続きを歌い始める。
男はその声に静かに耳を澄ます。外から聞こえてくるのではない、頭の中で鳴るのだ。
その声はどこで聞いたものなのか、男には思い当らなかったが、不思議と身体が胸の中から熱くなる。
良くあることだった。いつも、不意に街で耳に留める流行歌の後ろで、こんな声が聞こえるような気がする。そしてその声の実態はおぼろげに白いイメージ。
君は誰なのだろう?
男はいつだってそう思っていた。
――――だれがこまどりをころしたの?――――
誰かの薄紅の唇が、そんな風に動いた。
******
セイリオが何時もの様に彼の部屋に訪れると、彼は手のひらの上に何か小さい塊をもってセイリオにそう切り出したのだ。
「ね、誰がこの駒鳥を殺してしまったんだろう?」
セイリオは自らに向かって差し出されるそれをよく見ようと、腰をかがめて、小さな丸い窓の下に座っている彼の元に近寄った。
彼の部屋は屋根の中にあったので、彼よりも大人に近い自分の身丈では、真っ直ぐに立つ事は出来なかった。
「ほら、みてよ」
彼の傍に腰を下ろし、差し出された白く細い両手を手に取る。その上にあったのは、丸く毛羽立った一羽の駒鳥であった。
目をつぶり、横たわっていたが、赤い胸が密かに上下している。
「まだ死んでいない。殺したらだめだ」
セイリオはそう言うと、彼の眼を見つめる。光を透かした木の葉のような色が揺れていた。そして縁取られたまつ毛が静かに伏せ、手の中の駒鳥を見る。同時に俯かれた頬に、顎の先で切りそろえられている真っ直ぐな白い髪が落ちた。
「ついさっき、窓にぶつかったんだ。ばかなやつ。・・・まだ生きると思う?」
そう言って彼は駒鳥をなでた。
「君の方が詳しいはずだよ。ルカ」
ルカ。と呼ばれた彼はセイリオに顔を向け直す。ルカの目の中にセイリオの銀の髪が反射した。その色はルカの色とそっくりであったが、ルカの手に触れた自身の肌は彼のものと対照的な深い色だった。窓から零れる日差しを受け光る。
セイリオは頬に掛るルカの髪の毛を耳にかけてやった。口の中に髪の毛が入ることが気になるのだ。
「生かしても飼えないよ。鳥籠がないもの」
「飼わなくたって良い。放してやればいいだろう?」
「手名付けられた鳥は野生には帰れない。そんなのは不幸だ」
そう言ってルカはまた俯いてしまった。それが心を閉ざしてしまったように思えて、セイリオは少し悲しくなった。
屋根裏の天井はセイリオの肩ほどまでの高さしかなく、対してルカは天井よりもほんの少し低かった。
彼の身長は、この辺での一般的な14歳の背より低いが、この時期の子供は成長が早い。すぐに届いてしまうだろう。
それでも彼はこの部屋で生き続けなくてはいけないのだろうか?それとも・・・・・・。
セイリオは先日客間で見た騒動を思い出して顔をしかめた。
それはルカの姉であるファブシュカ家の長女のレリィと、ルカの母であるマルチルナの討論だった。
その議題は今後のルカの処遇についてだ。
この屋敷の身内で、マルチルナ以外にルカの存在を知っているのは、実質の世話をしているレリィだけだったが、そのレリィが留学をしたいと言いだした。それに連なって、ルカの存在を明かすようにとマルチルナに迫ったのだ。
しかしマルチルナはそれを聞いて逆上し、レリィに留学を諦めるようにと説得し始め、ついにはそうでなければルカを殺す。と怒鳴り散らした。命令で下がっていた付き人が、その騒ぎで駆け付け、事はうやむやのまま終わったが、レリィはうかない顔のままセイリオに謝った。「ごめん。どうにもできなかった」そのセリフはむしろセイリオが言いたかった言葉であった。
母に相談をすると言っていたレリィに、ルカの話であるならば同席させてほしいと無理に頼みこんだのは自分だったからだ。結局一言も言えないまま、余計な事をしてしまったように思える。ゼファイルス、彼の連れでなければ、すぐにでも追い出されていたのだろう。
そうまでしてマルチルナがルカを隠す理由を、セイリオには察することができない。屋敷の主は寛容な人柄だった。一度の過ちより、目の前の命を優先するだろう。
しかし今はそんなことを考えたくなかった。
セイリオはルカから駒鳥を受け取ると、「君が見殺しにするって言うなら僕が飼おう。ゼファイルスに頼めば、籠くらい用意してくれるだろうし、手当は早くしないと」と言って腰を上げた。
すぐ後ろから「まって」と声がかかりセイリオは振り向く。ルカが寂しげに眉を寄せていた。
セイリオは肩をすくめる。
「君が協力すると言うのなら、ここで面倒を見よう。一緒に」
ルカは探るようにセイリオを見つめ、「分かった・・・」と呟いてそっぽを向いた。乗り気ではないようだ。
「大丈夫、君は僕よりうまくできるよ」
歳は確かにルカの方が下だが、よく本を読んでいたし、何しろ、ここに迎えられるまでの記憶がない自分の方が、自信がなかったからだ。
セイリオは駒鳥と共に部屋を後にした。
誰がこまどり殺したの?
私 とすずめが言いました
私の弓矢で
私が殺した
布きれに包まれて、パン用の籠の中に横たえられた駒鳥を見ながら、ルカは歌い続けている。
「縁起が悪いな。やめなよそれ」
「だって、止まらないんだよ。こまどりだなって思うと頭の中でぐるぐるする」
「だからって、不謹慎だろう」
セイリオはため息をついた。
駒鳥は、ゼファイルスが言うには脳震盪だそうで、暖かくしてやって目がさめるまで待てばいいとの事だった。
「水をあげるのはまだ先だ」
そう言いながらルカは水差しからグラスに水を注いでいる。なかなかやる気になってきたらしい。そうは言っても、やることと言えばただ見ているだけだった。
水の満ちたグラスを抱えて、ルカは寝台の横の机にあるそれをまた凝視した。
「パイに似ているね」
その様子を見ていたセイリオが、不謹慎ついでにそう言った。
淵を編み込みで囲まれている茶色い籠に、質素な生成りの生地で包まれたそれは、確かにパイを連想させた。
「24羽の黒ツグミを、パイの中に焼きこんだ」
ルカが別の歌を歌い出す。
「そっちの方が良いよ」鶫じゃないしね。とセイリオが言えば反抗するかのようにルカは途中で歌を止めてしまった。セイリオは心の中でゆっくり10を数えたが、それでも続きが始まりそうもない。
「王様にお出しするのにぴったりの、すばらしい料理でしょう?」
仕方ないので自分で続きを歌ってみれば、今度はルカがそれを邪魔するように別の歌を歌う。
「小さなお皿を使って、わたしがこまどりの血を受けた」
暫く張り合うように別々の歌を歌い合っていたが、ルカの声に耳を澄ませたセイリオは、途中で歌を止めてしまった。
ルカのまだ透き通るように高いその歌声は、不思議と胸の中に浸透して心地良い。自分の低くなった声と合わせていた時、どのように響いていたのだろう。歌う事に集中していて聞く事を忘れていた。そんな事をほんの少し後悔していた。
もう一度歌おうかとセイリオは考えたが、張り合っていた声が全くなくなっている事に気がついたルカは、歌を止めてしまっていた。
「こっちの方が長かったね、セイリオ」と少し得意げにそう言ったあと「鶫が出てくるパイなんて見たことある?」と聞いてきた。
「どうだろう。あるかもしれないけれど・・・」
セイリオがそう返せばルカは黙ってしまった。失念していたのだろう。「思い出したら、教えて」そう言ったルカの声に宿ったのは後悔だった。
気がつけば窓の外はほんのりと赤くなっている。いつまでもここにいたら他の兄弟たちに怪しまれる。何しろレリィが煩いだろう。
「15の誕生日に持ってこようか」
そう言ってセイリオはルカの頭をなでた。ルカからは「え?」という短い疑問の言葉が飛んだが、それを無視してセイリオは「明日はあのパイを開けよう。駒鳥のパイだけど」と言ってから部屋を後にした。
自分がいつまでここにいられるかはわからない。それは生き倒れの自分を見つけて、連れとして保護してくれた行商人だと云うゼファイルスと、この屋敷の主人が決めること。それはどうやら主人がゼファイルスの勧める何かを、買うか買わないかと云う事で決まるらしい。
ルカの誕生日は冬の始まり。それはもうすぐそこまで来ている。このまま行けばここで冬を越すだろう。それまでだったら、あの駒鳥を一緒に飼ったっていいではないか。
明日また来たとき、あの鳥が目を覚ましていたら説得してみよう。
しかし事はセイリオが思ったようには進まなかった。
次の日ルカの部屋に訪れたセイリオはその部屋の中に駒鳥がいない事に気がつく。
ルカは「目覚めたから放してやった」と言うがその表情は暗い。そして今度は「昨日の夜、お母様が来た」と言ってセイリオを見上げた。
よくみれば、その瞳は、これから訪れる冬の空の様に、涙で曇っていたのだった。
******
何時の間に雨が降っていたのか、窓の隙間から流れ込んでくる水滴の冷たさで、沈んでいた男の意識は浮上し始める。
風は強く、カーテンは翻り、ここをもっと開けてくれと言わんばかりに窓ガラスを殴り続ける。
先ほどまでは陽を瞬かせていた木々は、今では頭を振り乱した歌手の様だった。
本に雨がかかってはいないだろうか?
それは、男の意識が今居る部屋に向いてから、はじめて思ったことだった。
床で寝ていたせいできしむ身体を急いで起こすと、男の周りを陣取っていた本のビルが次々と崩壊していった。
男は手を額に当てて、それを一つずつ拾い集める。中には少し濡れたものもあって男はひどく落ち込んだ。それらは先日まで図書館に通い詰めて集めてきた借りものだったのだ。
弁償するにも同じものが見当たるだろうか。そう焦りつつもどこかでひどく冷めており、先ほど見た夢が何だったのかを考え始めてしまう。
ひどく眩しかったようにも、ひどく辛かったようにも、どちらでもないように思える。思い出せば思い出すほど、取りとめもなくなって手に負えなくなる。
しかし男はいつも思うのだ、こうやって忘れてしまったものの中に、何か大切なものがあったのではないかと。そう思うのは、男の人生の中で、男が変化したであろう季節が、空白になってしまっているからこその事なのかもしれない。
今自分が追っていることも、自分にとってはひどく大切な事なのだ。男はそう思いなおし。本を片付けて窓を閉めた。雨の音が閉ざされ、風がまだ少し窓をたたく。急に音の少なくなった部屋で、となりの部屋からだろうか、電子的なメロディーが流れる。
――――だれがこまどりをころしたの?ーーーー
また誰かの歌う声が、頭の中で響いた。
目を閉じれば、そのおぼろげな白い影が、今度は緑の闇の中へと落ちていくのが見えた。
出典
マザーグース
誰が駒鳥を殺したの?
6ペンスの歌